
世界中が彼の死を惜しんでいる.
私が彼を知ったのは,中学時代.友人が使っていたMacintoshを一目見て,心奪われたことを今でも覚えている.
それからというもの,Apple関連の専門誌を来る日も来る日も読み漁り,やっとの思いで手に入れたのが,PowerMacintosh 7600/132 だった.
その後,PowerBook G4,iPod,iPhone,そして今この記事を書いているMacBookと,私の生活の中にはいつもApple社のプロダクトがあった.
いつの頃か,「Apple社のプロダクトを使う者は,宗教的に陶酔している者と同種の心理状態にある」といった内容の記事を読んだ記憶がある.
確かに私たちは,そういった類の心理状態にあるのかもしれない.
彼が今までに世に出してきたプロダクトの数々は,その当時に世界中の多くの人々が抱いていたニーズに対する一つの回答ではなく,私たちが想像もしなかった新たなニーズを創りだし,そのプロダクトを手にし得られるある種の”快楽”の様なものに私たちは惹かれていたのだと私は思う.
彼は,世界中の人々が求めている(しかし,自覚的ではない)物を潜在的に知っていたし,それが具現化できることを信じて止まなかった.
And there may be no greater tribute to Steve’s success than the fact that much of the world learned of his passing on a device he invented.
世界中の多くの人々が彼の死を彼が発明した端末で知ることになったというのが,彼の成功への何よりもの賛辞になるのでしょう.
オバマ大統領のこの言葉を読んだ時,私たちは偉大な人間を失ったと同時に彼が今まで与えてくれた数々の”魔法”からも解き放たれてしまうのだと気付かされた.
彼の亡き後,Apple社が相も変わらず魅惑的なプロダクトを提供し続けてくれるかどうかを危惧するのは止め,彼が今まで世に出してきたプロダクトを思い出しながら,中学時代に味わったあの気分にしばらく浸りたい.今はそんな気分だ.
それが今,私にできる彼への追悼だと思うから.
Rest in peace Steve Jobs.
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